IoTで地方から世界へ IoT益田同盟の現場(後編)行政の現場はIoTをどう見ているのか、職員と行政トップに聞く

By | 2017-12-02

IoTによる地方創生という意味で筆者が個人的に注目しているプロジェクトがある。益田市のシマネ益田電子(以下SME)とアーキテクトグランドデザイン(AGD)が中心となって仕掛ける「IoT益田同盟」だ。この目で確かめたくなり、2017年10月、現地を訪れた。後編では市役所を訪問し、IoT研修を受講した市職員や行政トップにIoTを活用した益田の未来像について聞く。

(前編)メッシュネット・LPWA・FTTHで建物と都市インフラを含む市内全域IoTネットワーク化間近に

市職員自ら課題を発見し、民間の力で実現

IoT益田同盟では、益田市役所の全職員を対象に、AGDの豊崎禎久氏による「誰でも分かるIoTセミナー」と題した研修を開催している。2017年3月から4回の開催で、受講者数は110名。益田市職員の4人に1人が受講している。研修に来た職員には「困っていることをとにかく書いて欲しい」と呼びかけることで地域の課題を明らかにして、IoT益田同盟でどう解決するかを考える。CPS水路氾濫予知システムも、セミナーに参加した職員からの「雨が降った時に水門を閉めたら、どこまで水位が上がるのかが分からない」という声がきっかけで3か月の開発期間で誕生した。

今回の訪問では、市職員の皆さんにも話を聞くことができた。豊崎氏の話が「最初は宇宙語に聞こえた」という職員も、話を聞くうちに「自分達には関係ない世界だと思っていたが、生活の場面でどう掘り下げられるのかを考えさせられた」という。

「研修の内容そのものよりも、『何が問題なのか』を考えるモードになることが大事だということに気づかされました。何も考えずルーチンで業務をこなすだけでは町は化石になってしまう。まず、頭を柔らかくしないと、課題を見つけ出すこともできない」(湊 直樹副市長)

益田市副市長 湊 直樹氏

この日のインタビューでも、川の上流にも水位センサーを設置する計画については、「川の上流、中流の水位データを元に機械学習によって氾濫危険度も計算できるようになる」「場所ごとの氾濫予測に基づき危機管理課に報告する体制ができれば、より安全な避難所への避難が迅速にできるはず」といったアイデアが次々と出てきた。

益田市役所職員の皆さん。お忙しい中取材に応じていただいた。

また、山間部のセンサーネットワーク活用方法として、「冬季の積雪量についてもセンシングしたい」という要望も出た。雪が積もったらいち早く除雪指示を近隣の業者に出さなくては、住民が孤立してしまうが、平野部から山間部まで実際に現場を見に行くには時間がかかるのが現在の課題だ。センサーの情報を元にどのぐらいの車両をどこに配置すればよいかが分からないか。どの業者がいつどこを除雪しているという情報も車両の位置情報と共に把握できれば、車両配置や除雪コストの最適化にもつなげることができる。

こうした課題を市職員が自ら発見し、要望としてIoT益田同盟に伝える。IoT益田同盟は、参画企業のアライアンスでPoCを実施し、課題を解決していく。「IoTをビジネスにする前に、益田に人がくる機会を作りたい。IoTをツールにして益田をいい場所に、最先端の場所にできるというきっかけにしたい」(SME平谷副社長)「(IoT益田同盟の)出発点は行政課題をなんとかしたいという思いで、利益はその次であることを皆わかっているので、ついてきているのだと思います」(湊副市長)

研修の取り組みは引き続き、全職員の受講を目指して進めていく。

市長のコミットメントで「本気」を見せる

益田市はIoT益田同盟に対して、研修と実証実験のための設備(センサー設置場所など)提供だけでなくさまざまな協力を行っている。特に力を入れるのが、IoT益田同盟に参画を検討する企業の益田市視察へのサポートだ。経済産業部と観光課が協力して、益田市の産業だけでなく、食や歴史文化資源も含めて魅力を伝える。また、視察時には必ず市長との面談時間をとり、益田市でIoTによる高齢者と障がい者に優しいプラチナ・スマートシティを実現したいというビジョンを語る。

益田市小浜町の宮ヶ島衣毘須神社。大潮の時には参道が海面下に消え、島へ渡れなくなることから『山陰のモンサンミッシェル』とも呼ばれる。

「常にIoT益田同盟と市長は情報共有しているので、お互いの考えも良く分かっています。視察に来られた企業の方には、首長と直接話をしてもらえることで、益田市はスマートシティのテストベッドとして理想的な規模であること、本気だと理解してもらえます」(SME副社長 平谷太氏)立ち上げ当初からのAGDとオムロンはもちろん、トレンドマイクロ、キュレーションズなどが益田市を訪れ、新たにIoT益田同盟に加わった。今後も、豊崎氏の目利きにより日本に貢献出来るグローバル成長企業の中から選ばれた大手自動車メーカー、大手ヘルスケアメーカー、海外大手通信機器メーカーなどが続々と益田市を訪れる予定だ。

益田市の目下の課題は東京から萩・石見空港へ、1日2便の発着枠を何としても守ることだ。現在の発着枠のうち1便は、2014年3月に国土交通省が実施した「羽田発着枠政策コンテスト」で獲得したものである。「1日1便では東京から日帰りができない。2便あることで日帰りが可能になり、ビジネス需要への敷居は各段に下がる」(山本浩章市長)2017年9月には政策コンテスト枠の2年延長が決まり、2020年3月まではこのまま1日2便体制が続くことが確定したが、その先はまだまだ不透明だ。発着枠維持には着実なビジネス需要の創造が必要であり、そのためにもIoT益田同盟に期待をかけている。

「自転車の街づくり」にもIoT

益田市が市をあげて取り組んでいるのが、豊かな自然と景観を活かした「自転車のまち」としてのまちづくりだ。自転車は環境に良く、また住民の健康増進にもつながることから、力を入れている。

益田市長 山本浩章氏

海から山へと自然を満喫しながら、100km信号が全くないコースを楽しめる「益田INAKAライド」は、空港滑走路のパレードランが組み込まれた60km、120km、160kmのコースを走るファンライドで、全国から多くのライダーが集まる。

2014年から開催するのが、世界を目指す若い選手を育てる「益田チャレンジャーズステージ」だ。益田北仙道の種地区を周回する14.2kmの公道レースだ。2016年からは全日本自転車競技選手権ジュニア大会として開催されている。さらに益田市ではエリート(一般)大会の誘致も決定した。目指すのは2020年の東京オリンピック・パラリンピック自転車競技の事前キャンプ誘致だ。

2017益田INAKAライド(写真提供:益田市)

2017益田INAKAライド。海外からのライダーも訪れる(写真提供:益田市)

こうした取り組みは広く知られるようになり、益田を走りに訪れるライダーも増えている。市内のホテルも、部屋にロードバイク用のフックを標準装備するなど、ライダーの受け入れに力を入れる。

競技スポーツで何よりも大切なのが、選手の安全だ。そこで役立つのがIoTテストベッドとして整備するネットワークだ。ホテルとタイアップして機材をシェアすることで、選手の位置情報をリアルタイムでモニターできる。また、ウェアラブルデバイスと組み合わせて選手のバイタルデータを取得し、走行中の選手を見守ることも可能になる。

走行時のバイタルデータ記録は、選手にとっては自分の走りを振り返り、技量をアップするためにも大いに役立つ。練習のためのフィールドとして益田を選択する選手が増えれば、人も集まる。「自転車で益田に来て、住んでくれる人が増えればいい」と期待する。

バイタルデータをIoTで収集できるプラットフォームは、住民の健康増進にも役立つ。継続した血圧の記録で病気の早期発見ができ、医療費が抑制できれば、将来ネットワークやデバイスのコストは市の予算から捻出できる可能性もある。

最先端の技術で生まれ変わる街

益田は、室町後期を代表する水墨画家である雪舟が没した地であるとされ、全国に4カ所しかないと言われる雪舟庭園のうち2つが益田市内に今も残る。遣明使として中国に派遣され、帰国した雪舟を招いた益田家15代当主である益田兼尭がその像を描かせたものが今も残る。

雪舟庭園のうちの1つ、萬福寺の石庭。

中世から港町として栄えた益田では、古くから中国(明)や朝鮮との貿易が行われていた。鎖国中の江戸時代にも、長崎・平戸の大名と結んで中国との貿易を進めようとした記録が残されているのだそうだ。

今も残る室町時代の庭園や仏閣は、当時世界の最先端だった大陸からの技術と文化を日本に持ち込み昇華させた結晶だ。それらを街の財産とする益田が、今、最先端の技術でスマートシティとして生まれ変わろうとしている。「益田の人は益田が何もないところだというけれど、実はいろいろなものがある場所。市民の方々にそう思ってもらい、次世代の子供達は自信を持って外の世界を見て、高津川を遡る鮎のように帰ってきて欲しい」とIoT益田同盟を仕掛けた豊崎氏は語る。

高津川の鮎。訪問した時期は、1年にこの時期しか食べられない落ち鮎の季節。塩焼きではなくあぶって食べる。

地元の企業が中心となって、技術と仕組みを外から持ち込み、IoTの未来「CPS」で市民が困ったことを解決する。手軽で高性能で安いソリューションが生まれたら、その市場は地方や新興国になる。CPS河川氾濫予知システムのような自然災害を未然に防ぐソリューションをそれらの国に提供することは、社会貢献でもある。地域全体がそのためのテストベッドになり、サービスとしてプラットフォームを提供することで、市民は豊かになる。

益田の地は、「最先端の技術が地域を豊かにする」という歴史が繰り返そうとしている様を見ているのかもしれない。

 

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